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2012年2月 「現代経営に活かす孔子の教え―論語の世界−」
中小企業診断士 福島 一公
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現代経営に活かす孔子の教え―論語の世界−
昨年11月12日からこの2月17日まで銀座の某映画館で上映されていた、「孔子の教え」という中国映画がとても楽しめました。孔子の後半生とその弟子たちの生きざまを、パイレーツオブカリビアンの第三作目/ワールド・エンドでシンガポールの海賊など話題作を演じた世界的有名俳優周潤發(チョウ・ユンファ)が好演していました。
なんといっても書籍では感じられない「生身」の孔子と、その教えがなされた時代というものを感じさせてくれましたし、孔子がどんなに弟子を愛していたかということを実感させてくれました。また、説教臭くなく、エンターテインメントとしても楽しめるのが良かったと思います。
現代中国はその昔(1973年〜1976年頃)、封建的で反革命的であるとして批林批孔という運動を通して徹底的に儒教を排したことがあります。それを考えると中国でこの作品が製作されたというのも、時代の変化を考えさせるものがあります。中国も「道徳」というものを持ち出さないと、国の統治がうまく行かなくなってきたと為政者が考え始めたからではないかと思うからです。
スタンフォード大学アジア太平洋研究センターによりますと、日米中韓台の歴史教科書の比較研究で最も公正なのは日本の教科書とのことで、韓国のそれは「自己中心的」または「ファンタジー」、中国のそれは「プロパガンダ」だそうです(讀賣新聞「論点」2008年12月16日、SAPIO(小学館)、2009年3月25号)。もしそうだとしますと、この儒教の再評価も何らかの「プロパガンダ」なのだろうかと勘繰りたくなります。
論語というのは言うまでもありませんが、今からおよそ2500年前の中国の孔子とその弟子たちとのやりとりを後世の弟子たちがまとめた言行録です。その章句の中には指導者のあり方や身の処し方、道徳、社交、儀礼など多岐にわたっています。古来、その教えは日本にも伝わって脈々と受け継がれ、その研究や実践は本家中国を凌駕しているとも言われています。
前述の映画でも日本での論語研究をかなり参考にしたとのことです。そして、今でも折に触れて使われる章句が多いのです。たとえば、不惑、耳順、敬遠、三省、温故知新、切磋琢磨、文質彬彬、君子不器、付和雷同、温故知新、後生畏るべし、巧言令色鮮し仁、義を見て為ざるは勇なきなり、過ぎたるは猶ほ及ばざるが如し、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ、礼の用は和を貴しと為すなどなど・・・・・。
ところで、近代日本で論語を経営するうえでの行動規範とした人として渋沢栄一という人が有名です。渋沢翁は一説には500社ともいわれる多種多様な企業の設立や、約600の教育機関 ・社会公共事業の支援並びに民間外交に尽力したと言われています。その手掛けた機関や企業は日銀や東京商工会議所、東証、大証、東電、東ガスなどの社会インフラ、東京海上火災や日本郵船、王子製紙、東京石川島造船、日本鋼管、東洋電機、沖電気などのそうそうたる大企業名が並びます。
翁はそれらの会社を興したのち、その経営に固執することなく株式を他に譲渡し、次の事業に取り組みました。もし、翁がそれらを自らのものとしていたならば、日本の資本主義の形は大きく変わっていたに違いないと思います。
三菱の岩崎弥太郎が手を結ぼうと働きかけた時、翁は決然と断ったそうです(「道同じからざれば、相い為に図らず。」衛霊公第十五、41章)。もし、三菱と翁が結びついたならば、日本は恐るべき独占資本主義国家となっていたに違いありません。こうした公共の利益を先にする翁の姿勢に対し、私は翁を非常に深く尊敬しています。
渋沢翁は、利は義に反するという江戸時代の主流をなした朱子学の教義に異を唱え、「利は義に反しない。」と力説しました。孔子は「民を富まして後に教えん。(子路第十三、9章)」と説いており、民衆を富ますことが君子の任務である、と主張していました。
「人の道を正しく身につけていなければまっとうな経営はできない」と、経営におけるモラルの大切さを説く一方で、 「仁義道徳を実地に行ってみたまえ。商工業を営めばあえて無理な争いをせずとも、利はおのずから懐に入って来る」という言葉のように、モラルを追求することがかならずしも経営の足を引っ張ることにはならないとも説いています。今でいえばCSR(企業の社会的責任)ですね。このようであったから、渋沢栄一翁は「士魂商才」の人と呼ばれました。
また、道義的に正しい道を歩まねば、一時的に富を築けた(浮利)としても永続性はないものです。引退後、口述筆記で出版した「論語と算盤」という本の書名として示された言葉は、一見かけ離れたものを示すようですが、二つで一つなのだと翁は主張しました。翁の主張は「道徳経済合一説」と呼ばれ、自らその伝道者となっていき、八十代で論語の講義を行い、それを「論語講義」として出版しました。
翁が重視した論語の章句の一部をここに紹介いたします。
「歳寒くして、然る後に松柏凋(しぼ)むに後るるを知るなり。」(子罕第九、29章)。
冬の寒さが厳しくなったとき、はじめて松や柏(はく)――これは日本の落葉樹の柏(かしわ)ではなく、中国の柏(はく)で常緑樹――がいつまでも葉を散らさないで寒気に耐えていることを確認できる。すなわち、人も危難の時に初めてその真価が分かるというものである。
「徳は孤ならず、必ず隣あり」(里仁第四、25章)。
徳のある人間は孤立しない、必ず仲間ができる。いい面といい面というものは、互いに必ず引かれ合うものである。
「君子は人の美を成し、人の悪を成さず。小人はこれに反す」(顔淵第十二、16章)。
立派な人というのは、相手の美点を伸ばしてやることができる。そして、欠点が邪魔をしないようにすることができる。互いに美点を伸ばし合ってこそ、立派な人間としての輪ができるというものである。小人は正反対で、そういうことができない。
渋沢栄一という人は、実業界にしろ、国際社会にしろ、この「人の美を成す」ということによって、大きな成果を挙げた人であったわけです。
以下、上記以外で論語の中で経営の上でヒントとなると思われる章句をご紹介します。
「速やかならんと欲する毋かれ。小利を見ること毋かれ。速やかならんと欲すれば則ち達せず、小利を見れば則ち大事ならず」(子路第十三、17章)。
早く成果を挙げたいと思うな。小利に気を取られるな。早く成果を挙げたいと思うと成功しないし、小利に気を取られると大事は成し遂げられない。
「有司を先きにし、小過を赦し、賢才を挙げよ。曰わく、焉(いず)くんぞ賢才を知りてこれを挙げん。曰(のたま)わく、爾(なんじ)の知る所を挙げよ。爾の知らざる所、人其れ諸(こ)れを舎(す)てんや。」(子路第十三 2章)
まず、部下や従業員の事をよく把握するようにしなさい。向う傷は咎めず、小さな過ちは赦してやる。また、良いアイデアや事業遂行能力など優れた人材を登用するようにしなさい。どうやったら能力というものが分かるかといえば、とりあえず自分がこれと思った人物を取り立てるのである。その取り立てた人物を見て、もっと優れた人物がいれば、同僚や部下の気の利いた者が必ず推薦してくる。そうすれば、組織は活性化してくる。
「君子は諸れを己れに求む。小人は諸れを人に求む。」(衛霊公第十五、21章)
優れた人というのは、何事にもまず自分を顧みて反省し、原因を求めるが、劣った人物というのは、自分を顧みて反省せず、何事もうまく行かないのは人のせいだとしてしまうものである。すなわち、得てして経営がうまく行かないのを外部環境に求めがちだが、自らの経営で何か改善すべき点がないかと常に顧みて、向上を図ることが、優良会社への道である。
論語の中でその意図することが誤解を受けて、人気がないと言われる章が少なくとも2章あります。それをご紹介し、前向きなとらえ方というのはどういうことか考えてみてください。
「民は之を由らしむべし、之を知らしむべからず。」(泰伯第八、9章)
「唯だ女子と小人とは養い難しとなす。」(陽貨第十七、25章)
参考文献:「日本を創った男たち」、北 康利著、致知出版社、渋沢栄一記念財団資料、
論語(金谷 治訳注、岩波文庫)、映画「孔子の教え」パンフレット
推薦図書:孔子物語(丁寅生著、孔健・久米旺生訳、徳間文庫)、
論語物語(下村 湖人著、講談社学術文庫)
おすすめ:まず「孔子物語」で孔子の一生と教えのシーンを物語で概観し、「論語物語」で論語の世界を再度味わい、「論語」(岩波文庫)をお読みになれば、論語の世界に割とすんなり入れ、ぐっと身近になります。
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