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●「金融円滑化法の効果について」2010年4月
中小企業診断士 佐々木文安
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平成21年12月4日に金融円滑化法が施行された。平成23年3月末までの時限立法である。この法律の施行前には同法がいかに悪法であり、これを推し進めている亀井金融担当大臣はやりすぎだという内容の記事が、大手経済新聞をはじめとするマスコミにくり返し掲載された。
理由は、この法律の施行によって中小企業の資金調達が益々難しくなること、金融機関としても不良債権の増加につながり経営の打撃となることなどがあげられた。中小企業を救うことになるという意見は極めて少なかった。
ところで、この法律が施行されて22年3月末で3か月を経過した。この時点で制定時の批判がはたして正しかったのかを検証するのは早計かもしれないが、現場で資金繰りなどの経営支援をしている金融機関出身中小企業診断士として、本法律施行に伴う一連の政府措置を再度確認した上で、本法律により現場がどう変わったのかを論じてみたい。
1.本法律施行に伴う一連の政府措置
(1)本法律の内容(概要)
・【金融機関の努力義務】
金融機関は、中小企業又は住宅ローンの借り手から申込み があった場合は、貸付条件変更等を行うよう努める。
・【金融機関自らの取り組み】
金融機関の責務を遂行するための体制を整備し、実施状況と体制整備状況を開示する。(虚偽開示には罰則を付与。)
・【行政上の対応】
実施状況の当局への報告(虚偽報告には罰則を付与)。当局は、報告をとりまとめて公表。
・【更なる支援措置】信用保証制度の充実等。
(2)本法律の施行に伴い改訂された金融検査マニュアル別冊【中小企業融資編】(21年12月)
・【貸出条件緩和債権(不良債権)の取扱の見直し】
貸出条件変更を行う際に、経営改善計画等がなくても、最長1年以内に計画などを策定する見込みがあれば、条件変更を行った時から1年間は貸出条件緩和債権とはしない。
・【金融機関のコンサルティング機能の重点的な検証】
金融機関の検査・監督において、中小企業への経営相談・経営指導等、コンサルティング機能を発揮しているかを重点的に検証する。
(3)本法律施行に伴うその他の措置
・政府系金融機関等についても、貸付条件の変更等に柔軟に対応するよう努めることを要請
・金融庁幹部が、中小企業庁と連携し、全国各地の中小企業等と意見交換。
・金融機能強化法の活用の検討促進。
U.本法律の施行による現場の変化
(1)金融機関の変化
・高度経済成長期の昭和30年代から40年代にかけて、金融機関は「企業を育てる」という理念を大事にして経営してきた。そして取引先企業の発展のために資金だけでなく様々な労力や情報を提供し共に成長してきたと思う。その後、このような理念は大手金融機関を中心に失われてきたが、中小金融機関では昭和50年代まで堅持されてきたと思われる
・ところが、ある時期を契機に一変した。1990年のバブル崩壊による金融危機である。金融機関の自己資本が著しく毀損し財務に余裕がなくなった。また、このような事態の再来を防ぐため金融検査マニュアルが制定され信用格付制度によって資産査定が行われるようになった。この結果、取引先企業の業績悪化や返済猶予がすぐに金融機関の資産内容劣化に直結するようになり、「企業を育てる」ことよりも自行の資産を守ることが優先されるようになった。貸し剥がしと言われる金融機関の行動も、金融検査マニュアルがもたらしたものと言ってよい。
・今回の本法律施行に伴う金融検査マニュアル別冊【中小企業融資編】の変更
(平成21年12月)は、これまでの金融機関の行動に大きな変化をもたらした。「貸出条件変更を行う際に、経営改善計画等がなくても、最長1年以内に計画などを策定する見込みがあれば、条件変更を行った時から1年間は貸出条件緩和債権とはしない。」という規定によって、条件変更によって中小企業を支援する道が開け、また金融機関の資産も1年間は傷まないことになったからである。
・ただし、「貸出条件緩和債権とはしない」のは1年間だけであることから、金融機関は取引先の経営改善支援に熱心に取り組み始めている。本来の金融機関が果たすべき役割を取り戻したと言える。
・なお、本法律の施行によって健全な取引先の審査が厳しくなったという事態は確認できていない。
(2)中小企業の変化
・中小企業は、企業数で99.5%、雇用数で約70%のシェアを占め、日本経済に大きく貢献している。しかし、大企業に比べたら政府の支援は薄く、創意工夫によりこれまでの景気循環を乗り切ってきた。しかし、今回のように多くの中小企業が長期間にわたり売上減少に見舞われる事態はこれまでなかった。資金繰りに行き詰って相談に来られる経営者からは、「長年中小企業を経営してきたがこのような経験は初めてだ。どうすればよいか分からない」という声が多く聞かれる。
・中小企業は財務内容が貧弱である先が多いことから、業績が悪化し資金繰りがタイトになってくると、民間金融機関から資金が出なくなる。その時点で、日本政策金融公庫や信用保証協会の保証付きの借入に頼ることになる。しかし、ここでも借入限度額があるので、業績が更に悪化した場合は、金利が著しく高い街金に頼ることになる。一般的にこの段階でも、民間金融機関や公的金融機関への約定返済を続けている企業が多く、約定返済ができないときは破産するしかないと考えている経営者が多い。
・今回は景気低迷が長期に続いており、この結果資金繰りに困っている企業がこれまでの景気低迷期と比べて格段に多いと感じられる。このような企業では、いまや約定返済のストップでしか資金調達ができなくなっており、今回の法律は大きな支援となっている。
・今回の法律を活用している企業は急増している。新聞報道によると、本法施行時から平成22年1月末までの大手銀行4行への中小企業の返済条件変更申し込みは、29,480件(1兆4,523億円)、応じたのは10,664件(6,892億円)となっている。中小金融機関を含めれば格段に大きな数字になると思われる。
・この制度を利用している中小企業は、返済猶予中の1年間に経営計画を作り経営改善を行わなければならないが、金融機関や中小企業診断士などの支援を受けながら取り組み始めている。本法は、地獄に行くしかないと思っていた中小企業経営者に希望を与えたものと言える。
V.本制度利用を支援しての所感
本法律の施行に当たって、「市場競争の中で返済猶予される企業と、一生懸命に返済している企業が存在するのは不公平」「私企業である債務者と銀行との間の契約に、公権力が過度に介入すべきでない」「前向きな資金を必要とする企業への融資資金が硬直化する」「返済猶予を受けることによるその後の弊害の方が大きい」「自由競争の中で潰れる企業が出るのは当たり前で、中小企業だけ助けるのはおかしい」などの意見が多く出された。
しかし、このような議論は一般論としては正しいと思うが「百年に一度の経済危機」という特殊な経済状況下では当てはまらないと思われる。企業数で99.5%、雇用数で約70%のシェアを占めている中小企業の非常事態を放っておけば大きな社会問題になり、これを克服する国の費用が莫大にかかることが明白だからである。
また、中小金融機関にとっても、潰れて取引先がなくなるよりも経営改善のチャンスを与えてそのうち何社かでも生き残れば、経営基盤確保につながるものと思われる。
そもそも「政治」や「経済」の目的は、国民大多数の幸せのためにあると思われる。
今回の金融円滑化法は、中小企業の経営者やそこに勤める従業員の生活を守るために効果のあるものであり、現在の非常事態の経済下では時機を得たものであると思う。
中小企業診断士 佐々木文安
メールはfumiyasusasaki@yahoo.co.jpまで願います。