●2009年11月流動比率の落し穴―流動比率が高いほど資金繰は楽になるか?―
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「 流動比率の落し穴―流動比率が高いほど資金繰は楽になるか? 」
中小企業診断士 磯村幸一郎
kisomura@kc4.so-net.ne.jp
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1.流動比率とは
流動比率は、流動資産÷流動負債×100で表され、財務の安全性、短期支払能力、資金繰のゆとりを示す指標とされています。
流動資産は1年以内に資金化される資産であり、流動負債は1年以内に返済しなければならない負債です。
流動比率は高ければ高いほどよく、一般的には200%を超えるのが良いとされています。つまり流動負債の2倍の流動資産を保有していることが望ましいということです。アメリカでは200%が目安ですが、日本ではこの比率は低い傾向にあり150%が望ましいが120%ぐらいでも良いといわれています。
2.流動比率の高いことだけで安心できるか
150%以上は支払能力があり、100%未満は支払能力がないのか?
この比率が高くても安全ではないことがあります。
ある上場不動産会社は9ヶ月前の決算時の流動比率が185.5%ありながら、倒産しました。この企業の倒産は流動比率以前に、極度の自己資本比率の低さ、極端な借入依存体質、不良資産の多さ等が原因でした。
一方では危険水準とされる100%未満の会社も優良上場企業を含め数多くあります。トヨタ自動車でさえも、106.7%、(09年3月期、連結)です。流動比率が低いからといって安全性が低いとはいい切れません。
では、なぜ流動比率の高いことが必ずしも安全性、短期支払能力、資金繰の良さに結びつかないのでしょうか
まず第一に、流動資産である在庫、仮払金 短期貸付金等の中には1年以内に資金化されるとは限らないものが含まれていることで比率が高くなっていることがあります。
また流動資産の中には繰延資産、前払費用、仮払金等資産性が不確かな科目が含まれていることがあります。これらの科目は既にお金の支払が済んでおり、お金が戻ってくる性質のものではないので、支払能力があるとはいえません。
第二に、流動負債の額が極端に少ないことで流動比率が高くなっていることがあります。たとえば、信用力がないため商品仕入を現金取引で行わざるを得ないケースです。
第三に、預金と借入金が両建てで同額、流動資産と流動負債に計上されている場合、流動資産<流動負債の時、実態より流動比率が高く表示されます。逆に流動資産>流動負債の時、実態より低く表されます。流動資産、流動負債から同額を控除し算出した比率が実態の比率といえます。
第四に、流動比率の適正水準は業種によって違っており、一概に高いことで安全といえないケースがあります。現金化が遅い会社はこの比率が120%でも資金繰が苦しいことがあり、小売業、飲食業等日銭の入る業種の場合、比率が80%でも資金繰に余裕あることもあります。
次のような業種では僅かな変動で流動比率が大きく変わることがあり、高くなったから安全とは言い切れません。
@業種柄、流動資産と流動負債が両建計上される企業(例えば建設業の場合、未成工事支出金と未成工事受入金が両建て表示されている場合)
A企業間信用が利用され、流動資産と流動負債が同時に計上され、その額が大きい企業(商社等)
B電力、不動産、ホテルなど固定資産が大きく、流動資産と流動負債が相対的に小さい企業
3.流動資産は流動負債より多いと何が起こるか
売掛債権、棚卸資産が増えるほど資金繰は苦しくなる
多くの会計の専門家が「1年以内に資金化される流動資産よりも、1年以内に返済しなければならない流動負債の方が多くなっています。ですから、短期的に資金が不足する恐れがあり、危険です」と発言しております。この発言には2つの問題点があると思われます。
1つ目は、この発言にフローの面が無視されているということです。資金繰は本来フローの問題であり、流動比率というストック面のみで評価しようとしている点です。
借入金等の負債の返済はストックでなくフローで行うべきものです。ストックである「現有の流動資産」のみで短期支払能力を論じている点に無理があると思われます。
2つ目は、買掛債務(買掛金と支払手形)と1年以内に返済しなければならない短期借入金(含む1年以内に返済予定の長期借入金)を同一視している点です。買掛債務は仕入先等から支払を猶予された負債であり、仕入先等からの無利子融資ともいえます。
買掛債務は常時一定額存在し、無くなるごとに新たに発生するので、実質的には返済していないのです。返済していないのだから、その分のお金(勘定科目の残高)は減少しません。
ところが借入金と買掛債務とは全く違います。借入金は返済しなくてはなりません。(ただし、正常な運転資金は書替継続していても不良債権とはしない旨金融庁は言明しております)。
さて、流動資産より流動負債が大きいとどういうことが起こるのでしょうか。一般的には流動資産の代表的科目は現預金、売掛債権(売掛金と受取手形)、棚卸資産であり、流動負債のそれは買掛債務、短期借入金です。
ここでいえることは、1つは、売掛債権と棚卸資産(両方あわせて営業資産といいます)が多くなるほど資金繰が苦しくなるということです。2つは、営業資産は回転(新陳代謝)しておりほぼ一定額存在し続けるということです。
言い換えると一定額の資金が寝ている(固定化)ということです。この金額だけ資金繰が苦しくなります。
一方、買掛債務も同じように回転し、一定額以上存在し続けております。この金額だけ資金繰は楽になります。
従って、「売掛債権+棚卸資産」が「買掛債務」を上回る分だけ資金繰は苦しくなります。
以上のことから、流動資産のうちの現預金が多い場合等を除き、流動比率が高いから資金繰が楽になるという考え方は正しいとはいえません。
ただし、流動比率が意味を持つ場合がひとつだけあります。それはフローが一切止まった状態すなわち、企業が倒産あるいは解散する場合です。保有する流動資産ですべての流動負債を返済する必要があります。その場合、流動比率は換金価値を示すものでありこの比率が高いほど好ましいといえます。それゆえ、この比率は銀行にとっては重要な指標です。
資金繰のゆとりは、本業での資金収支である営業キャシュフロー、あるいは自由資金であるフリーキシュフロー(営業キャッシュフローに投資キャッシュフローをプラスしたもの)を見ていくことである程度把握できます。
以上
中小企業診断士 磯村幸一郎
kisomura@kc4.so-net.ne.jp